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前橋地方裁判所 昭和25年(行)1号 判決

原告 東京電力株式会社

被告 群馬県農業委員会・群馬県知事

一、主  文

片品村農地委員会が別紙第一目録記載の土地を目的として昭和二十四年九月二十三日樹立した牧野買収計画につき、群馬県農地委員会が同年十一月二十九日附を以て関東配電株式会社に対してなした訴願裁決中、「八十四町七畝十六歩(別紙第二目録記載の土地)については認めない」との部分のうち字車沢九百八番の二山林十八町二反七畝十四歩、字金井沢八百九十一番の一山林九町八反四畝十二歩及び字船ケ原九百六番の一山林四十二町七反七畝十九歩の内三町五反四畝三歩(検証調書添附見取図の八)に関する部分はこれを取消す。片品村農地委員会が樹立した前項記載の牧野買収計画中前項記載の土地に関する部分はこれを取消す。

被告群馬県知事が別紙第二目録記載の土地を目的として昭和二十五年二月十日関東配電株式会社に買収令書を交付してなした買収処分中第一項記載の土地に関する部分はこれを取消す。

原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その一を被告等の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「片品村農地委員会が別紙第一目録記載の土地を目的として昭和二十四年九月二十三日樹立した牧野買収計画につき、群馬県農地委員会が同年十一月二十九日附を以て関東配電株式会社に対してなした訴願裁決中、「八十四町七畝十六歩(別紙第二目録記載の土地)については認めない」との部分はこれを取り消す。片品村農地委員会が樹立した前項記載の牧野買収計画中別紙第二目録記載の土地に関する部分はこれを取り消す。被告群馬県知事が別紙第二目録記載の土地を目的として昭和二十五年二月十日関東配電株式会社に買収令書を交付してなした買収処分はこれを取り消す。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求める旨申し立て、その請求の原因として、一、原告会社の前主関東配電株式会社は昭和二十六年五月一日電気事業再編成令第三条第一号の規定に基ずき解散し同時に原告会社が設立せられ関東配電株式会社の権利義務及び法律上の地位を包括的に承継した。右関東配電株式会社は電気の供給を主たる目的とする事業者であつて、群馬県利根郡片品村地域内に別紙第一目録記載の土地を含む一帯の山林を所有し、森林法の定めに従い山林施業案を編成し、被告知事の認可の下にこれを実施運営していた。二、訴外片品村農地委員会は、法律上の原因がないにも拘らず、昭和二十四年九月二十三日関東配電株式会社所有の別紙第一目録の土地中字車沢九百八番の二の土地については自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第四十条の二第一項第一号(牧野の所有者がその住所のある市町村の区域外において所有する小作牧野)に基ずき、その余の土地については同条第四項第四号(耕作又は養畜を主たる業務としない法人の所有する牧野)に基ずき牧野買収計画を樹立し、同会社に対し同月二十八日買収告知書を送達し、関係書類の縦覧期間を同月二十四日より同年十月十三日迄と定めた。三、同会社は右買収計画を不法として同年十月八日片品村農地委員会に異議の申立をしたところ、同農地委員会は同月二十五日異議却下の決定をなし、同月中同会社に告知した。四、同会社はこれに対し同年十一月二日群馬県農地委員会(農業委員会法の施行により群馬県農地委員会は後に群馬県農業委員会となり、後者は前者の法律上の地位を承継した)に訴願したところ、同委員会は現地を調査し且つ群馬県庁において同県関係課の係員、農地委員並びに関東配電株式会社を参加せしめて協議会を開催したが、右土地を牧野として買収することは諸般の事情を綜合して反対である旨の意見も多数現われ結論を得ない実情であつた。然るに群馬県農地委員会は同月二十九日附を以て同会社の訴願中一部「二十八町三反五畝二十八歩に対してはこれを容認し、他の八十四町七畝十六歩(別紙第二目録記載の土地)についてはこれを認めない」旨の裁決をなし昭和二十五年一月三十日同会社に裁決書を交付した。五、被告知事は前記買収計画に基ずき昭和二十五年一月二十日別紙第二目録の土地につき買収を決し同年二月十日同会社に買収令書を交付して買収処分をした。六、然しながら右買収計画、訴願についての裁決並びにこれに基ずく買収処分は次の理由により違法である。(1)、前記土地は自創法所定の牧野ではない、同法第二条第一項の牧野とは採草地と放牧地とであつて土地の形態が仮令原野であつても放牧又は採草を主目的としないもの、即ち植林の目的その他家畜の放牧及び採草以外の目的に主として供せられる土地は含まないと解すべきところ、本件買収土地は他の関東配電株式会社所有の山林を含めて一帯をなし、同会社が森林法に依拠して施業案を編成し、昭和十七年三月十九日戸倉山林施業案なる名称を以て被告知事の認可を受けた一万八千余町歩に亘る地域の一部であつて、同会社は右施業案に基き群馬県当局の指示の下に巨額の費用を投じ且つ同会社機構の内に「山林開発課」を設けて多数の係員を配置し、以て施業案を実施しつつあり、特に昭和二十四年群馬県営による林道の開発と共に本格的に実施している。而して本地区一帯は右施業案に基く天然下種による造林用地を含む人工植林地であつて、現在は択伐更新地区として施業中のもので、採草地又は放牧地のいずれでもない。これを具体的に見れば(イ)、金井沢地区は毎年崩雪のある場所で、全体を土砂扞止保安林として造林するを当然とする。(ロ)、車沢地区は現に林地であつて、貯木用地並びに土場用地として使用し、且つ昭和二十五年度に植林する計画地である。(ハ)、船ケ原三町五反四畝三歩(戸倉山林林相図二十二班ろ)の地区は現に林地であること明白で、原野はその中間の僅少部分に過ぎない。(ニ)、船ケ原五町五反六畝二歩(同二十二班への一)の地区は一度植林したが、昭和二十一年中緊急食糧増産法に従い群馬県知事の指示に基ずき小団地開墾をなし、農地として当時の要請に従つた部分が存するも、現在は同所を山林開発のための苗圃地とし、且つ植林地に漸次移行し現に落葉松の植林をしてある。(ホ)、船ケ原七町九反九畝十四歩(同二十二班への二)の地区は右と同趣旨に基ずき昭和二十五年度より植林計画を実施しておる。(ヘ)、船ケ原二十一町七反九畝八歩(同二十一班ろ、は)の地区も前同様である。(ト)、船ケ原三町八反八畝二十二歩(同二十一班ほ)は木材搬出路、土場用地並びに植林の計画地である。(チ)、船ケ原九百六番の三、十三町一反八畝一歩(同十九班ろ)の地区は木材搬出路として使用後植林の計画地区である。尤も関東配電株式会社は買収土地中一部地区について、は片品村地元民の一部に対し林間採草を認めたことがある。然しそれは同会社が施業案実施上必要な林道開設のための用地を部落民より賃借することを得たので村民の好意に報ゆるために為されたいわば用地の賃貸借に従たる約定であつて、これを以て牧野の小作契約と目すべきではない。併もそれは牧草払下と称し、毎年当該部落民中の必要ある者について必要量を定めその都度払下代金を協定する約旨であつて、しかも林間の採草である。この林間採草地が牧野にあらざることは明らかである。(2)、買収の対象となるべき牧野は昭和二十三年農林省令第十四号牧野調査規則に従い牧野の調査を行い牧野台帳を作成し、以てこれを買収の基礎となすべきであるに拘わらず、本件買収土地については牧野台帳が作成されていない。又本件買改計画の公示と縦覧の書類に大字戸倉字船ケ原の地区につき所在地番を記載してないのは自創法第四十条の四第四項に違反する。(3)、本件買収地区は大半沢前と道路沿線に位し、施業案の実施に基ずく各事業地区の喉咽をなし奥地開発には右地区なくしては施業案の実施をすることができない重要部分に属する。而も事業地区一帯は毎年十二月より翌年四月まで降雪による輸送杜絶のためこの間における開発特に伐採素材の貯木場並びに木材搬出道路用地として絶対に欠くべからざる場所で、他の場所を以て代替し得ない地理的状況にある。(4)、本件買収地区を含む一万八千余町歩の一帯は上越線沼田駅より東北方約五十粁の奥地に位し標高千米以上の地区で、水源涵養林として又重要資源として関東配電株式会社が古くから保有管理しており、施業案の実施に当つては常に森林資源保護に重点をおき、一方で伐採する時は他方に植林するという一連の関連性を保ちつゝ施業を進めておるもので、地域の一部に不毛地があつてもそれは次の施業と睨み合せて植林を進めつつある。かような施業案実施が森林の保全、治山治水、発電事業上、一般生活環境上、水力涵養林の育生等から見て至当とする。従つて利用価値の面よりするもこれを牧野として解放するよりは施業案を実施することが私益を離れた公益的見地からして妥当である。(5)、本件係争地区の地元片品村は林業を主体とする農村で、農業経営上必要な採草地は農民一戸当り一町二反五畝余を所有しこれを以て十分まかない得られる。併も本件買収計画地区は地理的に各部落から遠隔の地に位するばかりでなく広大なる地域中に点在するものであり、その生草は大部分太郎坊萱で家畜の飼料にはもとより堆肥としても極めて不向のものである。又地元片品村では国有林において下草払下と称して過去数年間に亘り所轄沼田営林署より牧草払下の権利を取得し何等不自由なく牧草の供給を得ていたものであるが、その後の実情はこれを更に強化して昭和二十六年中右牧草払下地の国有林を地元片品村に所属替せられた。その面積八百町歩に達し、外にこれとは別に下草払下地として可能分約百町歩(国有地)を併せ保有している。右の内地元越本部落において六十九町六歩、土出において九十一町三反八畝十三歩、戸倉において二十町三反九畝十六歩計百八十町七反八畝五歩の買受を為している。しかも右地上の生草の種類は本件係争地区のそれとは本質的に異り牧草として好適のものであると共に、地元部落との距離の点については右国有林払下のそれは一キロ乃至三キロの間で平均二キロ余の場所であるのに、本件係争地区は極く近距離の古伸四キロ、伊閑町六キロ、その他はいずれも九キロ乃至十三キロを隔てておるので地理的に極めて悪条件をなす。又地元片品村の牛馬総数は七百二十九頭でその内被告等において営農上必要と強調する前示部落の所有頭数は百六十八頭であり、これは右所属替買受部分を以てまかない得て余りあることは誠に明白な事実である。斯くして草種において地区距離において最悪条件の下にある本件買収地区については他に買収を相当とする理由が存しないから買収の必要性が消失したものといわねばならない。(6)、本件買収地区は数回に亘り片品村農地委員会において買収計画を樹立し、さきに県農地部長によつて取り消されたもので、再度の買収計画は相当の無理があるのみならず、条理上許容さるべきものではない。七、以上の理由により請求の趣旨のとおり買収計画、訴願裁決及び買収処分の各取消を求めるため本訴に及んだと陳述し、越本、土出、戸倉三部落の農家戸数、耕地面積、家畜頭数、採草地必要面積に関する被告等主張事実は不知と述べた。(立証省略)

被告両名指定代理人は、「原告の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め。答弁として原告主張の請求原因事実中、一、第一項の事実は認める。二、第二項の事実中買収計画について法律上の原因がないとの点を否認し、その余の事実は認める。片品村農地委員会においては仔細に現地の調査をなし、自創法に基ずき審議検討の結果買収計画を樹立したものである。而して車沢地区の小作人は片品村大字土出伊閑町部落であつて、その代表者は萩原千之助である。三、第三項の事実は認める。四、第四項の事実中群馬県農地委員会が群馬県農業委員会となつたこと、関東配電株式会社より訴願の提起があつたこと群馬県農地委員会が現地調査を為しその結果原告主張の如く訴願の一部を容認しその他について訴願棄却の裁決をしたこと、その裁決書を交付したことは認めるがその他の事実は否認する。右訴願の一部を認めたのは現地調査の結果買収計画の土地の一部につき林地と認められる部分があつたからである。五、第五項の事実は認める。六、第六項の(1)について、本件買収地域を含む関東配電株式会社所有の山林一万八千余町歩につき同会社が編成した施業案を被告知事が認可したことは認めるが、右認可後における同会社の施業案実施の具体的内容計画は知らない、その余の事実は否認する。自創法に所謂牧野とは現に家畜の放牧又は採草の目的に供されている土地及び過去の事実並びに現在の土地の客観的状況から見て牧野として利用価値があると認められるものをいうのである。本件車沢地区は関東配電株式会社と片品村大字土出伊閑町部落代表者との間に林道の敷地借用の土地賃貸借契約を取り結び(乙第一号証がその契約書である)、その報償の意味合で同会社は本地区の牧草を払下げ、その代金を受領している事実よりして小作牧野であることが明瞭である。而して群馬県農地委員会においては買収計画に入れられた車沢の地域中明らかに村地と認められる六町四反三畝二十歩を除外し、残る十八町二反七畝十四歩につき自創法第四十条の二第一項第一号該当小作牧野として訴願の趣旨を認めなかつたからである。金井沢及び船ケ原両地区については文書による契約はないが越本、土出、戸倉各部落民において同会社より長年の間慣習的に年々生草の払下を受けていた事実があり特に船ケ原地区の一部約五十町歩(会社施業案の林相図二十二班ろ、は附近)については同会社においてさきに緊急開拓事業計画を樹立して多額の補助金の交付を受けながら実績の見るべきものなく、その後県において該地一帯百五十町歩の未墾地買収計画を立案したことを知るや、同会社は該地一帯については第二次第三次の開拓計画を樹立すると共に、なお該地一帯の採草地は附近部落民の家畜及びその他の農業用資材に往昔より提供している関係上計画より除外せられたい旨の陳情書(乙第二号証)を提出している。これらの事実及びその内容より見れば、果して同会社が該地につき林木育成を主たる目的としているかどうか明らかでなく現状においてその草生状況はかや、いたどり、ぎぼし等の雑草多く、反当概ね三百貫以上(坪刈当換算)で、樹冠の疎密度は概ね〇・三未満であり、二四農政第九十七号農林次官通牒による牧野認定の一般的基準にも該当し、明らかに牧野と認定せられる地域であると共に、同会社自らも該地一帯を採草地として認めているのである。第六項の(2)について、牧野調査規則に基ずく牧野台帳については関係市町村農地委員会の協力のもとに調査作成せられ、これが牧野買収の円滑なる進捗を期するため参考資料とされることは事実であるが、牧野台帳の作成は主として畜産行政の資料作成のためなされたものであり、牧野買収につき絶対的に必要なものではない。このことは昭和二十三年四月五日附二三農政第一五九六号牧野調査に関する農林次官通牒に「牧野台帳の完成迄には相当の期間を要すると思われるので買収計画の作成は牧野台帳の完成をまつことなく進捗させなければならない」とあることにより明瞭である。又船ケ原は全部で千九百町歩もあり買収計画地は飛地の関係上地番のみでは同会社に対しその所在を明確に指示し得ないため買収告知書には地番に代える施業案林相図による林小班を以てしたのであるが、買収計画書には明らかに地番を掲載している。原告が買収計画の公示及び縦覧の書類に地番の記載がないというのは恐らく会社が計画書を縦覧しなかつた結果と思われる。第六項の(3)について、原告指摘の如く本件買収地区の大半が駅前と道路沿線に位するため買収後において同会社の奥地開発事業に多少の支障があることは認められるが、買収地は広大なる面積の内に点在するものであり、伐採素材の貯木場並びに搬出道路用地については今後利用者との話合により容易に解決せらるべき問題であつて、本地区の買収により事業地区全体の開発を不可能とするが如きことは考えられない。第六項の(4)について抑も牧野の解放は、我国牧野の利用状態が極めて粗笨的で集的利用の必要甚だ多く今次農地改革の一環として自作農創設のため土地の有効利用を図る目的のもとに為されたものであるから、同会社の如く過去数十年山林施業をするでもなく、該地を完全な放任状態に委し土地の開発利用は殆んど顧みられず、知事認可後の施業進捗状況亦見るべきものがない現状に鑑み、群馬県農地委員会は自作農創設のため政府において買収するを相当と認め、被告知事は買収処分を為したのであつて何等違法不当な点はない。第六項の(5)について、前記越本、土出、戸倉の諸部落は標高千米余の高冷地帯に属し、農耕による収穫は平坦地の約半量程度であり、主として畜産、林業により生計を立てている状態である。特に片品村は群馬県屈指の馬産村であり、飼育頭数七百六十頭(大動物換算)これが飼料給源として必要な採草地面積は最低千百四十町歩である片品村居住の農民は採草地を所有する者が極めて少く、且つ採草の用に供している土地は一戸当り平均八反に満たない。又原告主張の如く該土地は確かに部落より遠隔の地にあり、草種も飼料、堆肥原料として上の部類ではないが、営農上の絶対的必要性からすれば地理的悪条件は問題でなく、草種の良否についてもこの地方においてはこれ以外になく既に永年これらを唯一の給源として利用し来つた事実により今更これを問題とする余地はない。被告等は自創法施行令第三十一条により政府の所有に属する片品村所在の牧野約八百町歩を農地改革の用に供するため同法施行規則第三十一条所定の手続により所属替中ではあるが、被告知事が認可するに先立つて受けねばならない所管大臣の認可もないので、所属替は未確定の状態である。従つてこれ等国有牧野の売渡は未完了であり、所属替並びに越本、戸倉、土出三部落への売渡完了との原告の主張は否認する。国有牧野とこれを利用する地元部落との距離の点については本件土地に比し一般的にいつて近距離にある、しかしながら国有牧野に至る通路は急坂小径であつて、主として人馬の背により搬出するものであり、労力的、時間的にみれば甚だ非能率的であるのみならず、草種は本件土地のそれと同様ではあるが、その反当採草量においては約半量程度である。本件土地を利用している越本、土出、戸倉の三部落は農家戸数二百八十三戸、耕地面積三百五十町五反、家畜頭数大動物換算二百四十八頭で、最低採草地必要面積は六百二十四町五反であるが、現在利用の採草地は国有民有(本件土地を含む)を合し三百三町五反(前記所属替未確定の約八百町の一部を含む)であり、尚三百三十一町四反の不足を来している状態である。不足分の採草量は専ら雑穀、雑穀殼、稲麦藁類、林道畦畔並びに山林中の青萓等により漸く経営を維持しておるが、右部落は片品村の北部高冷地帯に位し、土質は砂壊土の瘠地多く有畜農業経営により堆肥を施用せざれば耕種農業の目的達成は至難であり、こゝに採草地の重要性が存し且つ自作農家創設のための買収の目的もあるのである。第五項の(6)について、片品村農地委員会が買収計画を樹立し、それが取消された事実はあるが、それは該計画の縦覧につき自創法第四十条の四第四項の法定縦覧期間を遵守しておらず手続上瑕疵があるのを発見したため自発的に取消をしたのであつて、計画地区が完全に牧野でないとの理由によつたものではない、そして改めて正式の手続により本件買収計画を樹立したのであるから何等違法の点はない。七、以上の理由により群馬県農地委員会及び被告知事のなした夫々の処分は適法且つ正当であつて原告の請求は理由のないものであるから棄却せらるべきであると述べた。(立証省略)

三、理  由

関東配電株式会社は電気の供給を主たる目的とする事業者であつたが、昭和二十六年五月一日電気事業再編成令第三条第一号の規定に基ずき解散し、同時に原告会社が設立せられ関東配電株式会社の権利義務及び法律上の地位を包括的に承継したこと、是より先昭和二十四年九月二十三日群馬県利根郡片品村農地委員会は関東配電株式会社所有の別紙第一目録記載の土地中字車沢九百八番の二の土地については自創法第四十条の二第一項第一号の規定に基ずき、その余の土地については同条第四項第四号の規定に基ずき牧野買収計画を樹立したこと及び該買収計画に対する異議の申立、異議却下の決定、訴願とこれに対する裁決、買収令書の交付についての原告主張事実は当事者間に争がない。

原告は、右買収計画、訴願についての裁決及び買収処分は違法であるとし、(1)乃至(6)の事由を主張するので、これにつき左に順次判断する。

(1)  自創法第二条第一項に、牧野とは、家畜の放牧又は採草の目的に供される土地(農地並びに植林の目的その他家畜の放牧及び採草以外の目的に主として供される土地を除く。)をいうとある。而して成立に争なき甲第八号証の一乃至四、同第十四号証の一、二及び証人中川久美雄の証言を綜合するときは、昭和二十三年より昭和二十五年までの間に農林次官等より都道府県知事等に宛ててなされた数次の通牒において、自創法に所謂牧野の定義については林地との関係において特に疑義のある向もあるからこれを明確にするとて、家畜の放牧又は採草の目的に供されている土地で林木育成を主たる目的とせず、且つ樹冠の疎密度〇・三未満のものは牧野である。森林法第二章の規定により都道府県知事が認可した施業案のある土地であつて、当該土地における森林施業が当該施業案に準拠して実行されているときは、その土地は林木育成の目的に供されているものとする。但し施業案通りに実行されないで、そこに何等森林としての行き方がなく、実際には家畜の放牧又は採草が行われておつて、その年間放牧日数が百二十日を超え又は年間採草量が乾草にして反当り三十貫を超えておるものは牧野とする。広大な面積の林地の中に極く小面積の放牧又は採草する土地が点在している場合は、その放牧又は採草する土地は牧野としない。という趣旨が指示されていることを認定し得るのであつて、右通牒の趣旨は自創法に所謂牧野の解釈として必ずしも絶対的なものではないが、然も尚甚だ参考に値する解釈と云うべきである。ここで買収の各地区につき具体的に見ると、(イ)金井沢地区即ち字金井沢八百九十一番の一山林九町八反四畝十二歩(検証調書添附見取図の九、戸倉山林林相図三十八班ろ)は検証の結果によれば、戸倉より鳩待峠に至る所謂鳩待峠道が笠科川に沿つて西方へ急曲するところに突出ている尾根の辺から左方に、一つの山の東斜面をなしており、傾斜は約四十度である。生草はかや、はぎ、あざみその他の雑草で、生木は右尾根の突端に近い地区内にならの大木が一本立つており、それより上方にならの実生と認められる十二、三年生のものが無数に生立し、その他本地区の周辺と地区内の草生の中に四、五十年生のくり十数本が生立する外各所にくり、なら等相当数の樹木が生立していることが認められる。片品村農地委員会は金井沢地区につき当初二十六町九反九畝三歩の地域を牧野と認定して買収計画を樹立したが、所有者の訴願により群馬県農地委員会は再調査の結果その内十七町一反四畝二十一歩を除外し残余の九町八反四畝十二歩についてのみ買収計画を支持したことは前記の通りであつて、右は県農地委員会が除外地十七町一反四畝二十一歩を林地と認めたに因るものであることは被告等の自ら主張する所である。成立に争のない甲第十三号証、現場の写真であること争なき乙第四号証の二十三乃至二十五及び検証の結果によれば、金井沢地区当初の買収計画地域中の立木地帯を避けんとして裁決においては屈曲多き不整形な範囲を買収地区として確定するに至つたこと、而も尚その地区内に多くの立木の存する部分を包含する結果を来し、なおその中間に二カ所の除外地を置くの外なかつたことが認められる上叙の如き現地の情況、裁決において一部が除外せられた経緯とその情況並びに上掲各証拠を綜合して、金井沢地区は全体として林地であると認定する。これは前記農林次官通牒において、広大な面積の林地の中に極く小面積の放牧又は採草する土地が点在している場合は、その放牧又は採草する土地は牧野と認めないとあることとその軌を一にするものである。証人萩原儀平の証言を以てしては未だ右判定を左右するに足りない。(ロ)車沢地区即ち字車沢九百八番の二山林十八町二反七畝十四歩(検証調書添附見取図の二、戸倉山林林相図一班い、二班ろ)は、原本の存在とその成立に争なき甲第十一号証の一、六、八、成立に争なき甲第十三号証現場の写真であること争なき乙第四号証の一乃至五及び検証の結果によれば、車沢を挾んで南北の二カ所に存在し、南岸地区(一班い)は東方より来る一尾根の末端に近い草生地であつて、南はまたそう沢、北は雑木林につづき、北西に緩傾斜をなし、地区内にはなら、はんの木が点在するが、大部分草地であり、草は大部分かやである。北岸地区二(班ろ)は北に東西に走る尾根筋があり、これより車沢にかけて概ね南に緩傾斜をなす一帯の草生地であつて、草種の主たるものはかやであり、これにはぎ、あざみ、いたどり等がまじりよく茂つている。その中にはんの木などが点在しているが樹冠の疎密度は〇・三以下であることを認定することができる。(ハ)字船ケ原九百六番の一山林四十二町七反七畝十九歩中の三町五反四畝三歩(検証調書添附見取図の八、戸倉山林林相図二十二班ろ)は、前顕甲第十三号証、現場の写真であること争なき乙第四号証の六及び検証の結果によれば、戸倉、大清水間の道路沿線中唯一の切通しの個所にあつて、道路の北側、切通しとなつている一尾根を挾んでその両側に存する。この尾根の部分は買収地区外であつて、平面にするとピラミツド形に買収地区内へ入り込んでいることになる。尾根の東側の部分は、一部は北東方に深く入りこんだ部分と他の一部は尾根のすぐ東の沢がある部分とから成る。北東方に入りこんだ部分は細長い草地であつて、概ね南に傾斜し、かや、ふきその他の雑草がよく茂つている。その南を除く三方(地区外)はならを主とした雑木林であり、その一部は本地域に入つている。尾根のすぐ東の部分は小さい沢がある谷間であつて、やなぎ、くり、しな、はん、かえで等樹木が生立し、樹冠の疎密度は高い。この谷間と北東方に入りこんだ部分との間はならを主とした雑木林(地区外)であるが、その南の突端に近い本地区内になら八本、はん三本がかたまつて生立している。尾根は北へ登るとまもなく尾根らしくなり、その辺りから買収地区に入るのであるが、そこから北方にぬるでの小木が多数生えている。尾根の西側の部分は東側の部分と同様概ね南への傾斜地であり、この部分の西北部(地区内)にはならを主とする樹林を見、南部(同上)にはくりの多くが生立し樹林をなす。これら樹林をなす立木の本数を算えることは煩に堪えないが、それ以外本地区の周辺において本地区内に含まれる樹木のある個所もかなり多く、合計くり五十五本、はん二十本、なら四百十九本を算する。草は主にかやであり丈が長いけれども、草地の部分は樹木の間に挾まれる形において存在するに過ぎず、一体に樹冠の疎密度が高いことを認定し得る。上叙認定の事実から、本地区は全体として林地であると認定する。証人萩原儀平の証言を以てしては未だ右判定を左右するに足りない。(ニ)字船ケ原九百六番の一山林四十二町七反七畝十九歩中の五町五反六畝二歩(検証調書添附見取図の六、戸倉山林林相図二十二班への一)について前顕甲第十一号証の一、六、八、同第十三号証、現場の写真であること争なき乙第四号証の九及び検証の結果によれば、この地区は道路の北側と南側にある草原で、南側の地域は殆んど平地でかやその他の雑草が生い、その西部に湿地があつて、はん、やなぎ、かえで、しな、えんじゆが生立し、下草としてあしが生えている。又北側は南方へ緩傾斜をなし、道路に併行してからまつが植えられ、なお西南隅にからまつ三十二本が植林せられている外はかやその他の雑草がよく茂つていることが認められる。(ホ)字船ケ原九百六番の一山林四十二町七反七畝十九歩中の七町九反九畝十四歩(検証調書添附見取図の七、戸倉山林林相図二十二班への二)は、前顕甲第十一号証の一、六、八、同第十三号証、現場の写真であること争なき乙第四号証の七、八及び検証の結果によれば、この地区は南方において一部道路に接し、それより北方へ細長く入りこみ、奥において広く展開する地形で、ほぼ南に緩く傾斜する草原である。この細長い部分の西側(地区内)には立木として五、六年生のならの小木多数と一部に五、六年生のからまつ約十本を見る。このならは奥の広い部分の西部にまで及ぶ。生草はかや、あざみ、ふき、いたどり、はぎ等の雑草である。北方部分の広い地域には右細長い部分におけると同様な雑草が生い、東北方の部分に地区外よりならが生え下つた状態において四ケ所に生立(約二百八十本)する外買収除外地に接してからまつ四本が生立することが認められる。(ヘ)字船ケ原九百六番の一山林四十二町七反七畝十九歩中の二十一町七反九畝八歩(検証調書添附見取図の五、戸倉山林林相図二十一班ろ、は)については、前顕甲第十一号証の一、六、八同第十三号証、現場の写真であること争なき乙第四号証の十乃至十五及び検証の結果によれば、この地区は道路の北側に接し、山裾に東西に長く展開する大きな草原である。そのほぼ中央を北より南へ下る曲り沢を境としてその東部は道の上が段丘をなし、それより漸次北方に高くなつていく一団地である。こゝの生草はかや、あざみ、しだ、はぎ、ふき、その他の雑草であつて、よく茂り、殊にその西部ではかやが人の背丈に及ぶほど成長しておる。沢の西部は段丘をなさず、道の上より若干の起伏を以て漸次北方に高くなる傾斜地である。生草は沢の東部におけると同様であつて、よく茂り、曲り沢附近のかやは特によい成育ぶりである。立木は沢の東部にも西部にもあるが、大部分は周辺近くに存するなら、どろやなぎその他の雑木であつて、その数も多くない。西北の一部にからまつが本件買収処分後に植樹されたことを認定することができる。(ト)字船ケ原九百六番の一山林四十二町七反七畝十九歩中の三町八反八畝二十二歩(検証調書添附見取図の四、戸倉山林林相図二十一班ほ)は、前顕甲第十一号証の一、六、八、同第十三号証、現場の写真であること争なき乙第四号証の十六乃至十八及び検証の結果によれば、道路を挾んでその両側に在り、山裾に展けた草原である。道下の部分と道上の道に沿う部分は殆ど平坦で、それより北は漸次斜面が高くなる。北隅及び西方部分にならの小林があり、外にはん、ひのきが二、三本生立しているが、全体にかや、はぎ、あざみその他の雑草がよく茂つておることが認められる。(チ)字船ケ原九百六番の三山林十三町一反八畝一歩(検証調書添附見取図三、戸倉山林林相図十九班ろ)は、前顕甲第十一号証の一、六、八、同第十三号証、現場の写真であること争なき乙第四号証の十九乃至二十二及び検証の結果によれば、大清水部落の西方山裾に展けた草原で、中に若干の小起伏と平坦部分が存するも、概ね南及び東に向つて緩傾斜し、かや、しだ、あざみ、はぎ、やまあさ等の生草がよく茂つており、その間処々になら、はんの木等が生立し、なお一本の樹齢五百年と推定されるしようじ(やちだも)の大木が生立していることが認められる。以上を要約すると、(イ)(金井沢地区)と(ハ)(二十二班ろ)は林地であり、その余の土地は疎らに雑木をまじえた草生地であつてその樹冠の疎密度は〇・三以下である。関東配電株式会社は群馬県利根郡片品村地内に別紙第一目録記載の土地を含む一万八千余町歩の山林を所有し、その全部につき森林法の定めに従い山林施業案を編成し、昭和十七年三月十九日戸倉山林施業案なる名称を以て被告知事の認可を受け、森林施業を実施していたものであつて、本件買収土地がその一部であることは当事者間に争がないから、本件係争土地において右施業案に準拠して森林施業が実行せられているならば、該土地は林木育成の目的に供されているもの、従つて牧野に非ずと認めるのが相当である。証人岡沢信武の証言により真正に成立したことを認め得る甲第十一号証の九、成立に争なき甲第十二号証の一、二同第十三号証及び証人岡沢信武、同遠藤吉之助、同橋爪兼吉の各証言によれば、関東配電株式会社は本店の総務部に山林開発課を設けて森林施業の実施に当らしめ、前記施業案に含まれる区域内において、昭和十七年より昭和二十四年までの間に、或は立木を伐採搬出し、或は造林植栽をなし、或は製炭をなし、或は母樹林及び苗圃を設ける等山林開発を行つたことを認め得るのであるが、買収地区たる本件係争土地については果して如何なる事業を実施したであろうか。原本の存在とその成立に争なき甲第十一号証の一、六乃至八によれば、前記施業案においては本件土地中(ハ)(二十二班ろ)を除きその余の土地はいずれも未立木地としてここに落葉松を植栽する計画であり、而もその実行期間は昭和十六年より昭和二十五年までであることを認定し得るところ、検証の結果によれば、(ハ)(二十二班ろ)を除きその余の本件土地の附近に、或は落葉松の苗圃あり(例えば(ホ)(二十二班への二)、(ヘ)(二十一班ろ、は)附近であつて、前者は昭和二十四年中、後者は昭和二十五年中に仕立てたものであると原告は主張する。)、或は葉落松を植栽した個所がある(例えば(ニ)(二十二班への一)、(ホ)(二十二班への二)、(ヘ)(二十一班ろ、は)、(ト)(二十一班ほ)附近)けれども、係争土地自体について見れば、(ニ)(二十二班への一)の道路の北側に沿うて一列に落葉松を植栽し、道路の北側地区の西南隅に合計三十二本の落葉松を植栽してあり、(ホ)(二十二班への二)の地区に合計十五本前後の落葉松を三カ所に植栽してあり、(ヘ)(二十一班ろ、は)地区の西北の一部に落葉松が本件買収処分後に植栽せられた外は、落葉松は勿論それ以外の樹木も全然植林せられていないことを認め得るのであつて、この事実と成立に争なき乙第二号証を綜合して考えるときは、少くとも本件係争土地については前記施業案に準拠した森林施業が実行せられていないものと認むべく、証人岡沢信武、同遠藤吉之助、同橋爪兼吉の各証言中右認定に反する部分は措信しない。而して成立に争なき乙第一、二号証甲第三号証の二同第六号証の二(乙第一号証と同一内容)及び証人萩原儀平、同橋爪兼吉の各証言によれば、本件土地中(イ)(金井沢地区)、(ハ)(二十二班ろ)両地区(既に林地と認定せられた)を除きその余の土地は昭和十八、九年以降附近部落民の家畜の飼料又は農業用資材として採草の目的に供せられ、年間採草量が生草にして反当り概ね三百貫以上(坪刈したものを反当りに換算)であることが認められるから、該土地は牧野と認むべきである。(ロ)(車沢地区)は不在地主の所有する小作牧野として買収計画に編入せられたことは前記の通りであるが、成立に争なき甲第六号証の一、二証人岡沢信武、同橋爪兼吉の各証言及び検証の結果(特に(ロ)(車沢地区)に関する部分)によれば、昭和二十一年十月二十三日関東配電株式会社は片品村大字土出伊閑町共有林代表者萩原千之助から片品村大字戸倉字車沢九百八番の五たる伊閑町共有者地を期間十年と定めて林道用地として借受くると共に、同会社は賃貸人に対し(ロ)地区内の通称「又ソー」「踏分」地の牧草を払下ぐべく、その払下料金は会社と賃貸人との間において合議の上これを定めることを約定したこと、而して該約定は賃貸人において牧草の払下を欲する場合は、その都度会社と賃貸人との間において採草の場所と料金を協議確定する趣旨であることを認定し得るのであつて、右の如き約定が存するだけでは未だ(ロ)地区を以て小作牧野とすることができない。証人萩原儀平、同須藤幹一の各証言によるも右判定を左右するに足りない。畢竟(ロ)地区についての買収手続は小作牧野でないものを小作牧野と認定した違法がある。

(2)  本件土地につき牧野調査規則に基ずく牧野台帳の作成がなかつたことは当事者間に争のないところであるが、牧野台帳の作成は被告等主張の如く牧野買収の円滑な進捗を期するための参考資料たるに過ぎないから、仮令申告義務者から申告がなく牧野台帳に登載せられなかつた牧野であつても、これを買収の対象とすることは違法でないものと解すべく、このことは証人中川久美雄の証言に徴するも疑がない。又本件買収計画の公示と縦覧の書類に字船ケ原の地区につき所在地番の記載がなかつたとのことについては、甲第一号証(牧野買収告知書)によれば会社の山林施業案図による林班を以て買収土地を指定されており地番の記載はないが、成立に争のない乙第三号証(牧野買収計画書)において地番を明記し買収土地を正確に指摘しておることから、買収計画の公示と縦覧の書類にも地番の記載があつたことを推測するに足り、その間かれこれ目的の土地に相違があるものではないから、この点手続上に違法はない。

(3)  本件土地は大半沢前と道路沿線に位することは当事者間に争なく、前顕甲第十三号証、証人橋爪兼吉の証言及び検証の結果によれば、本件買収地区の周辺又はその附近には炭焼小屋あり(例えば(ヘ)(二十一班ろ、は)におけるが如き)、土場又は貯木場あり(例えば(ヘ)(二十一班ろ、は)、(ト)(二十一班ほ)、(チ)(十九班ろ)におけるが如きものであつて、これらは概ね昭和二十六年中に作つたものであると原告は主張する。)木橇道あり(例えば(ヘ)(二十一班ろ、は)、(チ)(十九班ろ)におけるが如き)、詰所あり(例えば(ヘ)(二十一班ろ、は)におけるが如き)、これらの事実から考えると、本件土地は会社が森林施業を行う上に有用な地位を占めるものであることを推測するに難くない。鑑定人中村賢太郎の鑑定の結果及び証人中村賢太郎の証言によれば、交通の便がよい林地は人工造林によつてその生産力を完全に活用できるばかりでなく、その立木価格が高いため、経済上甚だ重要である。原告は大面積の森林を所有するが、その大部分は交通不便のため利用価値の低い天然林であつて、造林を集約に実行できる林地が比較的少いゆえ、本件地区は面積は狭くても経済上の役割は重要である。又買収地区外の林地の伐材木を搬出する際に係争中の地区を通過する必要があり、なお冬季搬出せる木材を融雪後トラツクで運搬するまで道路沿の土場に貯木する必要がある。要するに右地区は面積は狭くてもこれを除外すれば全森林の経営に影響を与え、施業案を改訂する必要が起る。換言すれば、右地区を除外すれば経済上の打撃が大であり、合理的林業の経営が困難になり、現行施業案の完遂を困難ならしめるものであることを認定することができるけれども、後に説明す通り(イ)、(ロ)、(ハ)の各地区についての買収処分は他の理由から取消されるのであるから、これによつて右に所謂経済上の打撃と林業経営上の困難は或る程度軽減せられることとなるべく(証人中村賢太郎の証言によつてもこのことは明らかである。)施業案の如きもその改訂は全面的変更を要する程のものとは考えられず、改訂しなければならぬなら改訂すればいいのである。前顕乙第二号証、証人岡沢信武の証言と検証の結果により明らかな如く、関東配電株式会社においては昭和二十一、二年頃船ケ原において約五十町歩の開墾を計画したことがあるのであつて、かかる計画は当然施業案の改訂を伴うものなのである。買収地区は元来会社所有の広大なる山林の地域内に点在するものであるから、林業の実施にあたり必要なる若干部分の如きは、その運営の方法により又は今後における該土地の利用者との話合によりさしたる困難はなく解決せらるべき事柄というべきである。鑑定人中村賢太郎の鑑定の結果、証人中川久美雄、同高橋匡、同岡沢信武の証言によれば、各所に点在する地区を不整形に買収するいわゆる虫喰い買収は林業経営上現在又は将来に亘り多くの支障と弊害を生ずるに至るという。このことは林業を主として考えれば一応肯けるところであるが、然し適当なる買収後の処置と林業の経営の方法とにより克服し得られる事柄で、これ等のことのために買収処分自体の違法を招来しない。証人岡沢信武、同遠藤吉之助は、本件土地は事業場所としてはその咽喉をなしている所なのでこれがないと造林伐採が不可能である。奥地開発は本件土地なくしては不可能であり、他の場所を以て代替し得ない地理的状況にあると供述するが、これらの供述は措信し難い。

(4)  本件買収地区を含む一万八千余町歩の一帯は上越線沼田駅より東北方約五十粁の奥地に位し標高千米以上の地区であつて、関東配電株式会社が古くから保有管理しておることは被告等の争わない所であつて、鑑定人中村賢太郎の鑑定の結果及び証人中村賢太郎の証言によれば、土地の生産力を高度に発揮するには有用樹植を造林するに限る。天然の推移を尊重して天然生の樹木を育てて薪炭林として利用することがこれにつぎ、採草地として利用することが最も不利である。本件土地の自然環境は林業地として運営するに適する。治山治水並びに水源涵養に関しては有林地が無林地にまさることを認定し得るけれども、自創法が産業の基盤である農業の民主化を実現するため、急速且つ広汎に自作農を創設し、その地位の安定をはかり、又土地の農業上の利用を増進して農業生産力の発展を期せんとすること前認定の施業案においては本件土地((ハ)(二十二班ろ)を除く)に落葉松を植栽する計画であつたに拘らず、戦時戦後の非常時下とはいえ未だこれが実行の見るべきものなく依然として草生地((イ)(金井沢地区)を除く)であることの情況とを併せ考えるときは、本件土地を如何に利用することが最も価値あるかという純理論的な立場のみから買収の適否を決することは妥当でない。

(5)  本件係争地区の地元片品村は主として畜産、林業により生計を立てている農村であつて、同村における牛馬総数が七百二十九頭(原告主張)乃至七百六十頭(大動物換算、被告等主張)であることは当事者間に争なく、証人須藤幹一の証言によれば、同村の農家戸数は八百七十戸であり、既耕地は一戸当り平均一町四反であること及び採草に供せられている土地は国有地七百五十二町、民有地四十七町、原告会社所有地八十四町以上合計八百八十三町であることを認め得る。右のうち本件土地を利用していること争なき大字越本、土出、戸倉の三部落における牛馬頭数は二百二十五頭、採草を必要とする農家戸数は合計二百三十戸以上であり、採草地は一戸当り平均約二町を必要とすることは証人須藤幹一の証言によつて認め得るところ、現在採草に供せられている土地は国有民有(本件土地を含む)を合し三百三町五反であることは被告等の自ら主張する所である。原告は、片品村において農業経営上必要な採草地は農民一戸当り二町二反五畝余を所有する。又昭和二十六年中過去年間に亘り牧草の払下をうけていた国有林八百町歩を地元片品村に所属替せられ、外にこれとは別に下草払下地として可能分約百町歩(国有地)を併せ保有している。右の内越本において六十九町六歩、土出において九十一町三反八畝十三歩、戸倉において二十町三反九畝十六歩計百八十町七反八畝五歩を買受けていると主張するけれども、これを認めるに足る証拠がない。本件土地が右越本、土出、戸倉の各部落より遠隔の地にあること及び草種が飼料、堆肥原料として上の部類でないことは被告等の認める所であるけれども、部落と土地との距離は最も遠い所でも九キロ乃至十三キロを越えないことは原告の自ら主張する所であり、他方右各部落の農家は探草地不足に悩みこれが入手を欲していることは前記の事実より容易に推測し得る所であつて、証人須藤幹一が供述する通り関東配電株式会社所有の広大な土地の中で比較的に地元部落から距離の短い場所が買収地区として選ばれたものであることから考えると、結局地理的条件は悪くとも本件土地を選ぶより外に方法がなかつたものと謂うべく、又証人萩原儀平、同須藤幹一の各証言によれば、係争地の草は家畜の飼料として或は厩肥堆肥の原料として結構役立つことが明らかである。証人吉野新三郎の証言は措信し難く、証人高橋匡、同遠藤吉之助の各証言、鑑定人中村賢太郎の鑑定の結果によるも未だ右認定を左右するに足りない。

(6)  片品村農地委員会において当初の買収計画を取り消したのは手続上に欠陥があつたためで、計画地区が牧野でないものと認めた趣旨でないことは、成立に争のない甲第三号証の二、同第十号証により認め得るから、その後において改めて買収計画を樹立したことに違法はない。

上来説示の理由により、牧野に非ざる(イ)(金井沢地区)及び(ハ)(二十二班ろ)を牧野なりとして、小作牧野に非ざる(ロ)(車沢地区)を小作牧野なりとして樹立した牧野買収計画は違法であり、従てこれを是認した群馬県農地委員会の裁決も被告群馬県知事がなした買収処分も違法であるから、右(イ)、(ロ)、(ハ)の地区に関する買収計画、裁決及び買収処分はこれを取消すべく、この限度において原告の請求は理由があるけれども、その余の部分は理由がないからこれを棄却すべきである。

農業委員会法の施行により被告群馬県農業委員会が群馬県農地委員会の地位を承継したことは当事者間に争がない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奥田嘉治 黒沢信夫 神崎敬直)

(目録省略)

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